自分にとって同じことでも、相手にとっては全く違う

2020/11/13

同じ内容でも伝える順序によって相手の受け取り方が違う。

ということが最近わかった。

というか、私だけがそう感じているだけなのかもしれないけど。

① A「私は○○と思っていたけど、考えていると××だから△△の方が良いのでは

   と感じたので△△しようと思う。」

  B「それはだめ(又は違うのでは)。□□だから△△はだめです。」

  B「でも△△と意見してくれてありがとう。」

② A「私は○○と思っていたけど、考えていると××だから△△の方が良いのでは

   と感じたので△△しようと思う。」

  B「なるほどね、意見してくれてありがとう。」

  B「でも今回は□□だから△△はだめです。」

2つとも言っていることは同じ。何も変わりはない。

でも受け取る側からすると、

①は完全に否定から入っている。

それに対し、

②は一度受け止めた上で否定をしている。

同じことなのだろうけど、否定されたあとに意見してくれてありがとうと言われても、

その人はそれを受け止めれるのだろうか。

最初に否定されたことが残ってしまって、あとからありがとうと言われても、

それを気持ちよく受け入れれるだろうか。

①の中に心理的安全性はあるのだろうかということを考えてしまう。

これは私が経験したことをそのまま書いているので、

私は全くそんなことは思わないという人もいると思うし、

そんなとこまで気にしないという人もいると思う。

散々、それはだめと言われたあとに、意見してくれてありがとうって言われても、

本当にありがとうなんて思っているの?と感じる。

そう思う私は捻くれているのか…?

でも少なからず、私はメンバーに成長して欲しいと思っているので、

②でありたいし、②をやっている。(やっていないだろって思う人がいたら

ごめんなさいw)

まー「否定」という言葉は良くないかもしれないけど、ここではわかりやすく

否定という言葉を使って表現しているよ。

否定というか意見が違うだね。

何で意見が違うことをみんな一度受け止めれないのだろう。

って私もかw

人間みんな違うのだから意見が違うなんて当たり前のことなのにね。

どうしてそれを怖れてしまうんだろう。

怖れてこれ以上は自分の意見を言ってはいけないと思い、

承認していないのに「YES」と言ってしまう。

悪い方にしかいっていない。

私の場合は自分の意見に肉付けが出来ないから、だめと言われたらそれ以上の

ことが言えなくなる。

伝える側も受け取る側も経験をしているからこそ、私は②でありたいと思う。

でも人それぞれ全てのことに関して考えも価値観も違うから、

あくまでもこれは私個人の考えね。

 

さてさて、今からはお楽しみの鬼滅の刃の時間w

残すはあと2話。

炭治郎は今日は何を教えてくれるんだろうかw