過去にどんなことがあろうと未来は幸福になれるのだ

2020/12/17

結局、毎日1,000文字書くことを続けている今日この頃。

今日も彼女の勉強に付き合っているのだが、

「一緒の部屋でしよー!」って私の目の前に来たのに、

「この部屋、暑すぎる…。」って向こうに行ってしまった。

寒がりすぎる私はみんなから「一緒にいると暑い!」と言われる。

私にとってはこれでも寒すぎてたまらんのじゃーーーーー。

 

今日はアドラー心理学の中から、今の自分に深く刺さった言葉を…。

 

原因論の住人であるかぎり、一歩も前に進めません。

我々はみな、何かしらの「目的」に沿って生きています。

「人は過去の原因に突き動かされるのではなく、自らの定めた目的に向かって

動いていく。」

人は変われる、幸福に生きることを選べばよいのです。

 

過去の自分に囚われて、自分のことを否定し、

こんな自分が幸せになって良いのかと思ったことが何度もあるし、

今も思う時がある。

私は以前、本当に仕事だけに没頭して子供のことを見ていなかったし、

子供なんていなければ良いのにと本気で思っていた。

結婚していない人や、結婚していても配偶者や親に子供を見てもらえる人、

結婚している(子供もいる)男性など、自由に時間を使える人が本当に羨ましかった。

仕事をする上で、子供がネックで仕方なかった。

周りから見ると最低な母親だと思う。

結婚している時も、母親は家事と育児に専念しろと、

旦那からも義理の両親からも長時間働くことも許されなかった。

本当に息苦しかった。

離婚して生活する為にもお金は必要。

それもあって休みなく働いていたこともあるが、仕事が楽しくて楽しくて、

子供よりも仕事が優先だった。

でもこれが私にとっても子供たちにとっても幸せなことではないと、

本気で気付いたのは本当にここ最近の話である。

今まで数年間、離婚して子供たちが私を必要としている時に、

何もしてあげなかった私が果たして幸せを求めても良いのだろうか…。

ずっとそう思っていた。

でも過去のことなんて子供たちにとっては関係がないことはないだろうが、

それでも子供たちは私のことが大好きなのだ。

私がやったことは誰にとってもハッピーなことではない。

だけどそれに囚われていても、いつまでたってもハッピーはやってこない。

過去に囚われず「これから自分がどうしていくのか」が大事なことであり、

幸せになるかならないかは自分が決めれることなのだ。

だから幸せになれないことなんてないし、それを決めるのは全部自分。

過去にどんなことがあろうと、自分自身が未来を決定できるのだ。

子供のことだけでなく、他にもいろいろな過去があるけれど、

その過去の出来事は変えられないが意味づけは変えることができる。

私は過去に囚われず、幸福に生きることを選びたい。